凧揚げ合戦の起源

歴史

凧揚げ合戦の起源 は、遠く室町時代(永禄元年〜同8年、西暦1560年前後)と言われ、ときの浜松城(当時は引間城)城主、飯尾豊前守の長子、義広公の誕生を祝って、入野町(現浜松市西区入野町)に住んでいた佐藤甚五郎という大工が、大凧に義広公の名を大書し、浜松城の上空に向かって揚げた事に始まったと言われています。また、これに刺激された城下町の若者たち多勢も、お城に向かって大凧を競って揚げて祝福したと伝えられています。

1560年代後半から約25年位は凧揚げは中止されていたと思われますが、1590年、浜松城二代目当主、堀尾帯刀公の時代に凧揚げを再現させ、庶民の祭りとしての初凧(長男誕生の祝い)をすすめ後世に伝えられたものとされています。

江戸、明治と時代は移り、明治30年〜33年ごろより、凧揚げを行っている町々では、町意識が強くなり、各町毎に凧印(絵模様)を決めて、毎年競い合いました。それぞれの町の凧を、町じるし凧と呼びます。

400年余年に及ぶ永い歴史に培われ、現在では174ヶ町にも及ぶ参加町内が、毎年5月3日から5月5日の端午の節句にかけ男子誕生を祝い、遠州灘、太平洋を望む、大砂丘中田島海岸の会場で、熱気はらむ一大絵巻が繰り広げられています。

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